みやわきろく

インタネッツに雑念を放流する

一度死んで生まれ変わるということ

 物騒なタイトルをつけてしまったが、何も輪廻転生の話がしたいわけではない。
 昨年末から今年頭に身体表現性障害を患ってからというもの、わたしがそれまでの人生で得てきた価値観やプライドはすべて粉々に砕け散ってしまった。しかしそういう体験があったからこそ、今こうして楽しく暮らせているという部分もある。

挫折を避けて生きてきた学生時代

 わたしは昔から運動だけが本当に苦手だった。足は遅く鈍臭く、体育の授業では足手まといになっていたし、休み時間にクラスメイトと鬼ごっこをしてもわたし以外の人が鬼になることは一度もなかった。今思うと足が遅いからという理由で押しつけて馬鹿にされていたのだろうと思う。
 「できないことがある」ということは子どもながらに悔しい事実だった。やがてわたしは「どうせできないから」と、運動の分野において努力することを放棄した。足が遅くても勉強はできるからいいじゃないか。そう思い始めていた。今思えば、ここから「できないことから逃げる」という癖がつき始めたのかもしれない。

 幸い、運動以外のことであればわりと何でもそつなくこなすことができた。それゆえ、わたしはそれ以来挫折を味わうことがほとんどなく、大学を卒業することとなってしまった。高校受験も、大学受験も*1特に苦労せず終わってしまったのだ。

社会人歴10年、はじめての挫折

 「できなさそうなことははじめからやらない。失敗したくないから」。そうして挑戦を避けて生きてきたわたしが挫折を味わったのは、社会人になって10年目の冬のことだった。
 金融業界においては定例対応という案件が存在している。変更点に対する影響調査、システム改修、テストを経て秋にリリースされるものがあったのだが、昨年の案件でわたしは大きなミスをしてしまった。リリースに漏れが発生したのだ。

 わたしはそれまでの案件でも特に大きなミスもなくこなしてきた。「今回はそんなに難易度が高くない案件だし、大丈夫だろう」そう思っていた。そこに今回のミス。しかも内容がお粗末というかとても初歩的なものであったので、ショックはとても大きかった。
 この1件だけであれば「まあそんなこともあるよね」と受け流せたかもしれない。しかしこの後立て続けにもう1件トラブルがあり、そこでわたしの心は完全に折れてしまった。

「こんなはずじゃなかった」
「わたしはこんな失敗をしないはずだ」
「こんな失敗をするなんてもうだめだ」

 そんな思いが頭の中をいっぱいに占めていた。ミスに対する上司のサポートが不適切だったこともあり、わたしは精神をすっかりすり減らしてしまうこととなった。
 その後の話は以下の記事に書いた通りだ。

過去のわたしは死んだ

 これまでのわたしは「失敗は恥ずべきこと」「挫折とかかっこ悪い」と思い込んでいた。自分は精神をやられることなどない強い人間なのだと信じていた。しかし実際に「身体表現性障害」と診断されてから、自分はそこまで強い人間ではなかったのだということを思い知らされた。
 休職し「自分はどういう人間なのか」「これからどう生きていくべきか」を考えていくうち、自分自身が持っていたこれまでの「自分」を捨てる必要性を感じるようになった。

 これまで30年も付き合ってきた自分自身を捨て去るということはとても勇気のいる決断だ。今までの人生で積み上げてきたものがすべてなくなってしまうかもしれない、そんな不安もあった。だからこそわたしは、一度「自分を殺す」ことを選択した。

 「自分を殺す」といっても何も自殺未遂に及んだとかそういうことではなく、一度死んで、自分のことを知っている人が誰もいなくなったような気持ちで、再スタートを切ってみようと思ったのだ。「過去の自分は死んだ」。そう思い込んでしまえば、性格を180度変えてしまうことだってできる。弱い自分も自分なのであって、受け入れて自分に優しく接してあげるべきだ。そう思いながら生活することによって、精神の不調はかなり回復したように思う。

何度でもやり直せばいい

 過去のわたしは、「失敗してはいけない」という強迫観念にあまりにもとらわれすぎていた。実際には何事もまず「やってみて、失敗する」ことがなければ成長できない部分もあるし、何より挑戦することをやめてしまうと失敗をさらに恐れるようになる。失敗を恐れすぎていると、実際に失敗してしまった際のダメージが大きくなる。小さな失敗を重ねて耐性を作っておいた方がよいのだと、振り返ってみてつくづく感じる。
 実際には、失敗してもたいていのことはどうにかなる。世間はそう冷たくない。人間は意外と優しくて、失敗した人には何かしらの手を差し伸べてくれる。失敗を反省に変えて、何度でもやり直せばいい。

 結果として、わたしは職場自体を変えることを選んだ。どうせやり直すなら、まったく異なる環境でいちから始めてみようと思ったからだ。転職して約2ヶ月、自分の適性に合う職場に身を置くことができたので、「もう一度やり直す」という選択肢は間違っていなかったのだなと感じている。

余談

 休職から復帰して数ヶ月後となる今年の夏、POIDOLがリリースした「AQUA BLUE」収録曲のひとつである「ALONE」にこんな歌詞がある。

強くありたいと願う でも弱さも認めなきゃね
どちらも僕だ そう愛せるように

 歌詞が過去の自分と重なり、この曲がますます好きになったということを書き添えておきたい。

*1:家庭の事情があり大学のランクを大幅に落としたためでもある。