みやわきろく

インタネッツに雑念を放流する

自分を殺しかけた話(前編)

 過労で体調を崩し休職したときの話をまだ詳しく書いていなかった気がする。


 当時、自分の体調がどうだったか、どんな思いでいたかをスマホの日記アプリに都度記録していたのだが、画面を破損して修理してもらったときにそのデータが飛んでしまった。この記事は記憶を頼りに書いているのでいろいろと矛盾があるかもしれない。記憶頼りということでそのあたりはご容赦いただきたい。

 明確に自分の体調の変化を感じたのは昨年の夏頃だった。
 もともとアレルギー体質でくしゃみはよく出ていたものの、アトピーではなく肌は強い方だと思っていた。しかし数年前から首筋や肘の裏側などに湿疹ができるようになってしまい、これはどうしたものかと悩み、皮膚科に行っては「なぜこんなになるまでほったらかしにしてたんですか!」とやたら怒られ*1落ち込んでいた。
 なぜ急に肌の調子が悪くなったのだろう。暑くて汗をかくからだろうか。……そんな風に考えていたある日、わたしの後輩として新入社員が配属されることとなった。

 当時わたしはとある金融機関に常駐するSEとして、保守案件のPMを担当していた。上司曰く、PM業務をやりながら、新人のOJTも担当してもらえないか、ということだった。
 PM業務の傍ら教育も行うというのは、今考えても正気の沙汰ではない。顧客との折衝、予算繰り、スケジュール管理、チームメンバーへのタスクの割り振り、進捗報告などなど、現状でも手一杯だというのにさらに教育までやるなんて、無理のある話だ。
 しかしながら当時の上司はアホだったので何も考えずに新人を受け入れてしまうし、わたしも「他にできる人がいないし、しょうがないか」と受け入れてしまうアホだった。それが自分の首を絞める行為だということに、そのとき気づけなかったのだ。

 自分のキャパシティ以上の業務をこなすことになり、わたしはどんどん自分自身のパフォーマンスが下がっていることを感じ始めていた。
 まず、集中力が極端に落ちた。ひとつのタスクをこなす間でも途中で自分が何を考えていたのか、ふとした瞬間にわからなくなってしまうのだ。
 次に、記憶力がなくなった。「このタスクはこの日までに」ということも覚えていられなくなるし、ひどいときには日本語の単語や担当者の名前も思い出せなくなり会話に支障が出始めた。「あー…うー……あの、なんて言うんだっけ。ちょっと待って……」と、会話の途中でいちいち考え込んでしまうようになったのだ。
 そして、前述したアトピーのような湿疹の症状もますます悪化していった。ふとした瞬間に痒くなり、掻きむしる。湿疹が潰れて爛れる。爛れた部分がかさぶたになり、それもまた掻きむしって再び爛れ……そんなループを繰り返してしまった。もちろん見た目も良くないし、夜中に痒くて目が覚めたりする。ぼろぼろになっていく皮膚を見るのがまたつらい。
 でも、掻きむしるのがやめられないのだ。肌に悪いとわかっていても、我慢できない。病院に行ってもステロイド剤を出されるばかりで根本の解消にはならない。傷を見るたびに憂鬱になり、気分が落ち込む。

 そんなことをしているうちに、冬が訪れた。
 この頃のわたしは極端に荒れていた。毎日自分に理由をつけては居酒屋にひとりで足を運び、酒を浴びるように飲んでいた。浴びるように飲んでいるはずなのに、全然楽しく酔えない。むしろイライラと、自分に対する嫌悪感が募るばかりだった。やたらと肌を掻きむしってしまうことも、こうして毎日浴びるように酒を飲むことも、早くやめなければいけないのにやめられない。そんな、「やめられない自分」が嫌で嫌で仕方なくて、自分から逃げるためにまた酒を飲んでしまう。そんな生活だった。

 自分の体はもうだめかもしれない。そう実感したのは、友人と会って食事をしたある晩のことだった。
 その日は日曜日で、翌日からまた仕事に行かなければならない。楽しく飲み食いして自宅に帰って、お風呂に入ってソファーで髪を乾かしているときに、ふと考えた。
「ああ、明日から仕事か……」
 そのときのことだった。今まで湿疹が出ていなかったはずの太ももが急に痒くなった。なぜこんなに痒いんだろうとスウェットを脱いで太ももを見てみると、一面真っ赤な発疹に埋め尽くされていたのだ。
 それは本当にショックな光景だった。子どもの頃にかかった風疹の発疹よりも数倍グロテスクだったし、なによりその発疹が「仕事に行きたくない」という思いから発せられたということが本当にショックだった。自分の体がそこまで仕事を、職場を拒否しているだなんて思っていなかったからだ。

 ちょうどその頃、なかなか寝付けなかったり、逆に朝早くに目覚めたりといわゆる不眠症の症状が出始めていたこともあり、わたしはとうとう心療内科にかかることを決意した。


次回へ続く、、

*1:処置内容を思い返すととんでもないヤブ医者だったと今になってわかる。