みやわきろく

思考のsandbox

からっぽの学生時代

わたしには夢がなかった。やりたいことも特になかった。

ただ、死ぬのが怖くてなんとなく生きている、というだけだった。

 

対岸の彼女 (文春文庫)

対岸の彼女 (文春文庫)

 

 

小学校にも中学校にも高校にも大学にも、わたしにとっては特筆できるような思い出がない。思い出せることといえば大学のとき、学校の予算の都合で真冬並みの寒さだったというのに暖房をつけてもらえず、皆コートを着て震えながら授業を受けたことくらいだ(学費もちゃんと払っているのに酷な話だと今でも思う)。

 

そんなわたしにとって、「対岸の彼女」の登場人物は皆なんだかまぶしく感じてしまう。

いじめに遭い転校した先で、その先一生思い焦がれるほどの友人を見つけた葵。複雑さが垣間見られる家庭環境の中でも明るさを失わず、自分の思いを大事にし続けたナナコ。そして夫や姑、ママ友たちとの関係に迷いながらも自分の居場所を見つけ出した小夜子。それぞれが抱えた「これまで」が交差して、葵と小夜子の「これから」を作っていく。作中で交互に語られる「過去」と「現在」が最後にうまくリンクしていく様子が美しくて、さすがだなと思ってしまった。

 

葵の過去の記憶で描写される放課後の風景が本当に美しい。彼女たちが暮らす土地を知らなくても、きっとこんな風景なんだろうという光景が頭の中に浮かび上がってくる。

そしてその描写が美しいからこそ、何の思い出もないからっぽの自分の姿が映し出され、心を抉られたような気持ちになってしまった。

 

なぜ私たちは年齢を重ねるのか。(中略)また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ。

 

けれども、小夜子が出したこの「答え」に救われた気持ちがあったのもまた事実だ。

就職のために地元を出て、東京でたくさんの人と知り合って、ちょっとしたきっかけで別れて、それでも一緒にいて居心地のよい人たちと良好な関係を築けている。思い出のないからっぽな学生時代を送ってきたからこそ、本当に居心地がいい場所を自分で選択することができているのではないかな、と安心することができた、そんな一冊だった。