みやわきろく

インタネッツに雑念を放流する

これは戦略的撤退であるからして

2018年9月末日。
わたしはほんの少しの荷物とともに、生まれ育った街へ降り立っていた。


大学卒業とともに実家を離れ、10年間神奈川と東京を行ったり来たりしながら暮らしてきた。そもそもわたしが就職先を関東に選んだのは他でもない、東京にほど近い場所へ行けば、好きなバンドのライブにもいろんなイベントにも、交通費を気にせずたくさん通えると思ったからだ。
わたしが生まれ育った兵庫県神戸市にはライブハウスが当時よく通っていたところでふたつ(神戸VARITとWYNTER LAND。チキンジョージは営業を中断していた)。あとは国際会館こくさいホールかワールド記念ホールか、というところで、それほど規模が大きくないバンドは神戸をすっ飛ばすことがほとんどだった。
そしてわたしが当時通っていたバンドのメンバーががもともと関西出身ということもあり、大阪公演はいつも激戦区。ファンクラブの先行でも携帯サイトの先行でも一般でも全くチケットが取れず、大学の学費をアルバイト代で賄いながらバンギャルを続けていたわたしはハンカチを噛みしめることが本当に多かったように思う。地方から頑張って遠征している皆様にはきっとおわかりいただけることだろう。


大学受験の際、家庭の事情で「家から通えるところ」という条件を泣く泣く呑んだこともあって、両親はわたしがそんな理由で関東に出ると言ってもまったく反対しなかった。これは本当にありがたかった。
いまだにTwitterなんかで「関東の人たちはイベントにすぐ行けるからずるい」なんて騒いでいる地方在住のひとを見ると「そんなに羨ましいなら今の環境を捨てて関東に住むか、それができないなら交通費と時間を積んで遠征すればいいのに」と思ってしまうのだけれども、わたしも例えば両親からどうしても実家に残ってくれ、と懇願されて地元に残っていたら、もしかしたら同じ恨みを呟いていたのかもしれない。
理解のある両親のおかげでわたしはめでたく上京、関東での一人暮らしが始まった。2008年春のことだった。


それから10年の歳月が過ぎ、わたしは今神戸の実家で生活している。


関東で暮らして10年、おかげさまでたくさんのライブやイベントに行くことができた。関東の自宅を第一拠点、関西の実家を第二拠点として全国を回るという荒業も幾度となく行ってきた。無茶したなあと思うところはあれどなんだかんだで楽しかったし、関東に出て好きなライブやイベントにたくさん行く、という目的は十分に達成できていた。


しかしそれも最初の数年だけのこと。


システムエンジニアとしてそこそこの経験を積んだわたしは、人手不足もあいまって数々のプロジェクトにヘルプ要員として放り込まれるようになった。ヘルプで入るということは相当炎上しているということであって、そんな状態で有給を使ったり、平日早めに抜けてライブに行ったりなんてできるはずはない(契約上は裁量労働制だったので早抜けしても問題ないはずだが……裁量のない裁量労働制)。
やがてプロジェクトマネージャになった頃、腹の底で生まれ始めていた疑問がだんだん膨らみ形作られていく。


「ライブに行くために働いているのに、仕事でライブに行けないのなら本末転倒なのでは?」


この疑問がはっきりとした形を得たのは、2018年明けてすぐのことである。
2017年の暮れ、YouTubeにアップされたとあるリリックビデオがきっかけで、わたしは結成したてのとあるバンドに興味を持った。



バンド名で検索しライブ予定を見てみると、どうやら年明けすぐに事務所のイベントとしてお披露目会なるものがあるらしい。
そのイベントは平日だったものの、正月に出勤が決まっていたためその代休をイベントの日にあてれば行けるではないかと、わたしは意気揚々とCDを買い(参加にはCDの帯が必要だった)、その後に開催される事務所イベントのチケットも取った。
あとは上司にお伺いを立てるだけ。正月にも出勤しているのだしきっとOKが出るだろう。そう思っていた。


上司の回答はこうだ。
「俺が休むからその日は休まないでほしい」。


わたしは泣いた。そして猛抗議した。上司は嫁と子どもがいるから、という理由でとかく休みがちで、前々からそのしわ寄せがこちらにきていたのだ。いつも我慢しているのだから、今回くらいは大丈夫だろう。そう考えたわたしが甘かった。上司はわたしが年末年始に非常コールの対応でろくに寝られていなかったこともすべて把握しておきながら、自分の都合だけでわたしの休暇希望を潰そうとしたのだ。
結局のところ猛抗議の結果「何かあったときに電話だけは出られるようにすること」という条件付きでわたしの休暇は認められたわけだが、その後の休職・退職のきっかけになった出来事としてこのことは心に深く刻まれている。(もちろん他にもたくさんの要因があったのだがここでは割愛しておく。)


その後不眠がひどくなったため会社を休職したのだが、そのときに考えていたことがある。


上京してから10年が過ぎ、わたしを取り巻く環境は大きく変化した。追いかけるバンド・趣味が変わったことや年収が変わったのはもちろん、交通手段の発達というのも変化のうちのひとつだ。
飛行機も昔に比べればかなり安く乗れるようになった。夜行バスも種類が増え、ぐっすり寝られるものが出てきた。新幹線の本数ももちろん当時と比べれば増えている。(おそらく所要時間も短くなっていると思う。)
それなのに、体を壊してまで関東で暮らす必要があるのだろうか。
一度実家に戻り、ゆっくり自分の体と向き合ってから、土日に遠征するだけでもいいんじゃないか。


わたしが今追っているバンドは、ありがたいことに関東でも土日の公演が多い。平日に大阪のイベントに出演することもある。
それならば神戸に戻り、自分の体と、残りわずかかもしれない親との生活を大事にした方がいいのではないだろうか。


そう決断したわたしは10年半勤めた会社を退職し、新しい道を歩んでいる。
慣れないことも多いが、少なくとも眠れぬ夜を過ごすことはほとんどなくなった。精神安定剤を飲んでもろくに眠れなかった頃と比べればかなり回復していると思う。


30代になって実家で暮らしているひとに対し、世間の目が冷たくなることは重々承知の上だ。
けれども、実家に住んでいる=自立していないと決めつけるのはあまりにも乱暴なのではないかと思う。確かにわたしは結婚していないし、するつもりもないし、いつまでも若いバンドマンを追っかけている痛いBBAだと自分でもよくわかっている。

しかしながら、わたしは自分の選択を悔やんではいない。過去現在未来を考えたときに何が自分にとって最適な選択になるのか、を考えた結果がこれなのだと、今は胸を張って言える。


世間の風潮や他人の意見に惑わされず、自分自身の人生にとって最適である選択肢を選び取れることこそが #わたしの自立 ではないかと、わたしは信じている。